次に確認しておきたいのは、チーズは彼らが食べたからなくなったのではない、ということ。「チーズが日に日に少なくなっていった」というような記述があるため(本が手元にないので、括弧内は私のうろ覚えである)、彼らがチーズを全部食べつくしたのでなくなったのだ、と思っている人もいるかもしれないが、これはおかしい。彼らは、朝、チーズステーションに行って初めてチーズがなくなっていることに気づいたのである。もし自分で食べてしまったのなら、前日の時点で気づくはずではないか。いくらネズミ程度の知性でもこれくらいはわかるはずだ。つまり、チーズは食べつくしたのではなく、明らかに、誰かが持ち去ったためになくなったのである。ちなみに本の原題は"Who Moved My Cheese?"。チーズは誰かが"move"したのだ。 さて、以上を前提にして考えてみる。4人の容疑者の中で最も怪しいのは誰かといえば、それはどう考えてもヘムだろう。ヘムはチーズがなくなったことを嘆き、なかなかその場所を離れようとしない。ネズミ2匹は即座に別の場所に移動、ホーもしばらくヘムとともにその場にとどまったのちに移動するのだが、ヘムだけはただただ思い悩むだけで行動しようとしないのである。しかし、本当に彼は嘆いていただけなのだろうか? チーズが残り少ないことに気づいた彼は、ホーやネズミたちには黙ってひそかにチーズを隠し、残りのチーズを自分のものにしようとしたのではないだろうか。彼は嘆き悲しむふりをしてホーがその場を離れるのを待ち、その後悠々とチーズの隠し場所に向かうつもりだったのではないか。 しかし、チーズが残り少なくなっていたことは事実。たとえチーズを独り占めしたとしても、いずれはチーズはなくなり別の場所に移動しなければならない。チーズを独り占めしていた事実が発覚すれば、ホーたちと合流したとき、ヘムはチーズを分けてもらえないかもしれない。そのときのことを考えれば、ヘムがチーズを隠すのは結局は不利だということになる。頭の回るヘムがそんな危ない橋を渡るだろうか? そこでもうひとつの解が考えられる。前の考察では小人たちの登場する部分のみを考えてきた。しかし、この物語が、入れ子形式のメタフィクションとして描かれていたことを思い出してほしい。プロローグとエピローグは、ごくふつうの人間たちがディスカッションをする場面であり、その作中作として語られるのが迷路の中に住む小人たちの物語なのだった。さて、ではこの迷路はどこにあるのだろうか。もしかしたら、人々が議論をしているその部屋の片隅に、この迷路があり、小人たちはそこにいるのではないだろうか。だとすれば、この部屋の中の誰かが迷路を上から覗き込み、アリの巣に水を垂らすように、何の気なしに迷路の中のチーズをひょいと取り上げたとすれば……。人間の気まぐれな行為が、小人たちにとっては環境の大激変になるのである。 作品のメタフィクション的構成を生かすとすればこの解決しかないだろう。また、これは、チーズステーションが袋小路で、ヘムとホーはその入り口で見張っていた、というような状況だとしても説明できる優れた解である。しかし残念ながら現場が密室状況だという記述はないし、また、人々がディスカッションしている部屋の中に迷路があるという記述もどこにもないのである。惜しいが、この解もまた捨てるしかないだろう。